『源氏物語』の春には『古今集』の春に見られる華やかさやはかなさ以上に、光源氏の紫上、女三宮への因緣として作用した藤壺との愛の世界の華やかさと苦惱が表れる。光源氏は藤壺との結ばれない愛の苦しさを藤壺の意志を理解し栄華を成すことで克服し、藤壺の死後には心を共有する關係へと昇華させたりもするが、その消え去らない恋心は女三宮との結婚へと連なる。が、それは光源氏に藤壺との罪を再認識しなければならない苦痛をもたらす。藤壺に似る紫上との愛もまた六條院春の邸宅を中心とした華麗な世界を誇ることで成功するかのように見えたが、光源氏の藤壺への限りない恋しさはついに紫上に苦痛をもたらす。しかし度重なる春を通して、光源氏は苦痛を克服しながらさらに深く成熟し、はかないがためにさらに美しい境地へとたどり着く世界を表す。まるで自然の春がはかなさを伴うことでより美しく感じられるように、春に表れた光源氏の愛もまた栄華の裏に後悔とはかなさを伴うことでより成熟し美しい境地へと至る、深みのある愛の意味を担うことになるのである。