일문목차
まえがき
第1章 産業構造の轉換と川崎の都市開發―郊外化から再都心化の時代へ / 今野裕昭=1
はじめに=1
1. 工業都市から硏究開發都市へ=2
(1) 高度成長期の川崎=2
(2) 製造業の凋落と硏究開發都市志向=4
2. 郊外地の開發時代=13
(1) NIMBY施設=14
(2) 東京都心からの郊外化=18
(3) 開發規制と80年代の轉換期=23
3. 低成長期の再都心化=30
(1) 低成長への轉換期の工場轉出と再開發=31
(2) 脫産業化時代の都心再開發=32
むすび―郊外化から再都心化の時代へ―=38
第2章 川崎市內産業·從業者特性と住民の性格 / 柴田弘捷=49
はじめに=49
1. 川崎市の産業構造の變容=49
(1) 産業構成の推移=49
(2) 産業別事業所の變化=54
2. 川崎市の人口構造=69
(1) 川崎市の晝間人口=70
(2) 川崎市の住民構成―夜間人口―=75
3. 川崎市の若者の勞動と生活=92
4. 高齡者と高齡者世帶=95
5. 人口高流動都市川崎=96
(1) 社會動態=97
(2) 通勤通學移動―流出入=103
6. 周邊都市との關係と都市施設の特性=109
(1) 周邊都市との關係=109
(2) 川崎市の都市施設の特性=112
むすびに代えて=114
第3章 戰前期川崎市における社會事業の形成展開―川崎社會館の活動を中心に― / 宇都榮子=117
はじめに=117
1. 川崎市における社會事業形成過程の硏究=118
2. 川崎市社會事業の形成と展開=125
(1) 社會事業成立期の社會狀況と社會事業の展開=125
(2) 川崎市における社會事業の形成とその特徵=126
4. 川崎社會館の創設とその事業=137
(1) 第一次世界大戰による國民生活の變化=137
(2) 神奈川縣匡濟會設立=138
(3) 川崎社會館の設立=139
(4) 神奈川縣匡濟會川崎社會館において實施された社會事業=144
(5) 社團法人神奈川縣匡濟會から財團法人平間寺社會事業部への移管=148
(6) 財團法人平間寺社會事業部時代の川崎社會館=151
おわりに=157
資料1~資料5=160
第4章 アジア都市川崎の多文化·多民族經驗 / 廣田康生=171
1. 問題の所在―アジア都市川崎の多文化·多民族經驗への視座=171
2. 槪念の定義―「トランスナショナリズム」/「場所の政治」/「差異の政治」=177
3. 川崎市の多文化·多民族經驗―川崎區S地區の在日コリアン人の「場所の政治」の過程に焦点を合わせて=180
(1) エスニック集團としての人權運動の展開=181
(2) エスニック集團としての人權運動から「場所」形成の運動への展開=182
(3) エスニックな文化的世界形成の諸動向と川崎市の對應=183
(4) 新たなアイデンティティの形成と川崎の多文化·多民族經驗=185
おわりに―川崎型の「場所の政治」と共存の手法について=190
第5章 堺と川崎の防災まちづくりを考える―堺市湊西地區と川崎市多摩區中野島町會における「結果防災」をめぐって / 大矢根淳=197
はじめに―紀州街道に路地の井戶, 長屋門=197
1. 「ちょこっとガ-デンプロジェクト」社會實驗への接續=201
(1) 湊西地區槪況=201
(2) 湊西地區整備計劃=204
(3) 街區の傳統―紀州街道のふとん太鼓(船待神社秋季例大祭)や納凉盆踊り=209
(4) ちょこっとガ-デンプロジェクト=210
2. 「花」から「防災」へのドラスティックな展開―御藏視察の意義=214
(1) 「ちょこっとガ-デンプロジェクト」の槪要=216
(2) 「古くから培われてきた」―紀州街道·ふとん太鼓=217
(3) 「公園づくりと自主管理」―防災機能を備えた公園=224
(4) 「ふとん太鼓の若い衆の力」―具體的に期待されるマンパワ-=225
(5) まちづくり支援の專門家の役割=226
3. T氏と御藏(まちコミュニケ-ション)·湊西(湊西自治連合協議會)=229
(1) T氏の博士論文「公團震災復興共同建替事業」硏究(實踐)=229
(2) まちコミュニケ-ションの共同建替(「みくら5」)事業=230
(3) 生活再建(および復興)課(過)程を防災まちづくり(事前復興)に繫げて…=234
4. 川崎市多摩區中野島町會の「防災マップづくり」(結果防災に向けて)=237
(1) 川崎市のまちづくり―事例 : 小田2·3丁目地區まちづくり(防災まちづくり)=237
(2) 川崎市多摩區での防災マップづくりの意圖と意義=243
(3) 中野島町會防災マップづくりの過程と知見=248