本作品は大正九年一月童話雑誌『赤い鳥』に発表された子供のための童話作品である。物語は一瞬、欲を出して失敗った〈私〉を通して子供たちに、欲張りを戒めている寓話である。インドの魔術使いハッサン・カンとその弟子ミスラ君を素材として始終不思議な魔術が使われ、読者を魔術の世界に誘い、一層不思議で神秘めいた雰囲気を演出している。芥川はミスラ君を印度の独立を計っている愛国者で質素な暮らしをしているキャラクタ-として設定している。「私」はミスラ君に魔術を教えてもらおうとしたが、友人と骨牌を取りながら、お金に欲が出てきて、お金貨ばかりでなく、友人の財産までを欲しがっていたのである。このような「私」をミスラ君はハッサン・カンの魔術を習う資格のない者として残念に思う。〈私の魔術を使おうと思ったら、欲を捨てなければなりません。あなたはそれだけの修業が出来ていないのです〉とミスラ君は「私」を諦めさせる。ようするに「私」はハッサン・カンの魔術を習う一歩直前に失敗ってしまったのである。我利我欲を捨てて、国のために自身を捧げているミスラ君を考えれば、作者芥川の思想が明らかにわかる。彼は欲を離れた、人間らしい正直な暮らしに憧憬を持っている。『魔術』には芥川の欲のないヒューマニズムへの希求が投影されているのである。