일문목차
まえがき=9
第一章 國家補償を求める抑留者たち=15
元抑留者にとっての「忌むべき日」=16
「平和祈念事業特別基金」の發足=19
野黨五黨による「シベリア特措法案」の提出=22
政權交代で見えてきた光明=27
第二章 極東ソ連軍の滿州侵攻=29
ソ連の對日宣戰布告=30
スタ-リンの反日演說=32
日ソ中立條約延長せず=34
關東軍の敗走=36
日增しに擴大した反滿抗日鬪爭=41
在滿居留民が被った悲劇=44
在滿居留民を見棄てた關東軍=46
第三章 スタ-リン秘密指令=49
ジャリコ-ウォ會談=50
瀨島の「勞務提供」發言はあったのか=53
シベリア抑留指令を裏付ける文書=56
ル-ズベルトがスタ-リンに投げた餌=59
幻に終った「日本領土分割案」=62
シベリア抑留はスタ-リンの旣定方針だった=65
滿州駐留におけるソ連の不法行爲=67
日ソ戰の損益勘定=71
日本の領土を奪う=71
第四章 捕虜の收容所生活=75
「東京ダモイ」=76
ソ連における外國の軍事捕虜=79
勞動力不足の穴埋めに使われた抑留者=81
ソ連の收容所制度=84
脫走はまず不可能=88
日本人捕虜に科せられた勞動は樣樣=91
勞動現場で「九死に一生」=94
ノルマの實態=97
第五章 反軍鬪爭と民主運動=101
日本軍將校に虐殺された高山助敎授=102
戰爭が終っても續いた「兵隊地獄」=105
收容所當局は舊軍の階級制度を利用した=108
日本人捕虜の思想工作=109
反ファシスト敎育講座=112
終戰まもなく創刊された「日本新聞」=114
「シベリア天皇」の異名をとった男=116
「民主グル-プ」が所內の指導權を確立=120
日本人同士による吊し上げや密告=124
「スタ-リン大元帥への感謝決議運動」=126
第六章 對ソ交涉の錯誤=129
近衛特使の對ソ派遣=130
近衛が策定した「和平交涉の要綱」=132
「大盤振る舞い」の對ソ條件=134
あえなく潰えた近衛の對ソ派遣=136
「日本に對して特別の『つけ』がある」=137
極秘に進められた新·對ソ交涉=139
防衛廳にも殘されていない「朝枝文書」=142
ワシレフスキ-元帥への陳述書=146
關東軍トップの最大の過誤=151
「事實上の人身賣買」=153
第七章 捕虜蔑視という呪縛=157
捕虜を蔑視する思想=158
本國歸還を拒んだノモンハンの日本人捕虜=160
五○○人のノモンハン捕虜はソ連に歸化した=162
「戰陣訓」の示達=164
「今次無條件降伏ノ軍隊ハふ虜ト認メス」=166
ソ連軍における捕虜處遇の原則=169
「捕虜ではなく抑留者」という謬說=170
歷史資料としての『ふ虜記』=172
勞動賃金から給養費を天引き=174
兵士の給養給糧は國家の義務=176
第八章 「瀨島疑惑」の謎を解く=181
墓場に持っいかれた「歷史の眞相」=181
電報握りつぶし事件=187
東京裁判出廷をめぐる噓=190
證人選定の三原則=193
草場中將の服毒自殺=196
天皇の戰爭責任をめぐる證言=198
自筆供述書を書かされる羽目に=200
モスクワ密使體驗=205
「重勞動二十五年に處す」=211
「抑留十一年の年譜」の信憑性=212
モスクワで特殊訓練を受けたか?=214
二律背反する價値觀が同居=218
第九章 全面解決への道=223
「戰爭被害受忍論」の域を出ない判決=224
特別措置法案の內容=228
難しい法案提出のタイミング=233
朝鮮人元抑留兵は特措法の對象外=236
權利回復を求める朝鮮人兵士の抑留體驗=238
「要視察人」というレッテル=240
社會復歸への苦難の道=242
日本政府の無責任な回答=244
「不作爲の罪」から逃げる外務省=246
元抑留者が成し遂げた「歷史記錄の金字塔」=248
舊西ドイツは舊戰爭捕虜に手厚い補償=252
白樺林の「土饅頭」の下に眠る捕虜の悲哀=256
元抑留者は今, 何を思うのか=262
あとがき=266
關連年表=271
參考文獻=278
主要人名索引=285